English / 日本語

Facebookのアイコン

youtubeのアイコン

sitemap

園芸を極める その2

1990年代の初め頃のことです。 世の中ではバブルが崩壊し、経済が低迷する中で、21世紀はこころの時代になるだろうと言われていました。 私も当然そうであろうと考えていたため、自分の専門である園芸を通して何が出来るかと園芸の使命を考えていました。

そして自分が作出したランたちを通じ、色や形、咲き方など、単に見た目を楽しんでもらうのではなく、他とは違うかくれた想いをも読みとってもらいたい、そしてその花たちを育てることで相手も私自身も共に成長していきたいという思いから、1993年、自ら作成したランたちの写真集「心華(こころのはな)」1号を発刊、その後毎年1冊ずつ出版し1999年の7号まで続けました。その後しばらく休刊していましたが、大きな災害等で辛い思いをしている方々が少しでも癒されれば、との思いから、DVD版として2011年に再スタートし、現在6号まで至っています。

しかし、いつまでたってもこころの時代がおとずれる気配はなく、むしろ遠ざかっていくかのようです。 特に園芸は私の想いとは逆の方向へ進み、植物は単なる「物」として扱われ、人を癒すもの、あるいは寄せ植え等で楽しむ単なるインテリアの一部になる傾向が増しています。現在は育てる喜び、その過程での学びなどは語られることはほとんどありません。植物を育てる事で学ぶのではなく、花は人のための単なる「物」になってしまいました。

このままでは、その傾向はさらに進んでいってしまい、園芸の本来の使命を果たせなくなってしまうことは明らかです。今が、園芸を通して世の中が変われる最後のチャンスだと私は思っています。

少し前、原稿の整理をしていたら、趣味の園芸2004年4月号(NHK出版)で、10年以上前の私の園芸に対する考え方を紹介してもらったのをちょうど見つけましたので、その一部を以下に載せておきます。

「育種をしていると、「人間にとって花は、食べ物と違い、なくても生きていけるものなのに、なぜ人は花を求めるのだろうか」ということについて思いを巡らせます。すると、われわれ品種改良をするものが、どんな花を目指して改良をしていくべきなのかが、自ずとわかるような気がします。

ランの育種ではふつう、今までにない色や形、大きさや咲き方、性質などの改良に重点がおかれています。しかし私は、これにとらわれず、人の心に安らぎを与え、和ませることができる花をいっぱいつくりたいと考えています。そして、できるだけ多くの方々が花を育て、思いやりの気持ちなど、さまざまなことを花から学び、花だけでなく自分自身を成長させていくことができればすばらしいと思っています。」

この記事から10年以上経過した現在も私の考えは同じです。


コラム筆者:山本裕之

「夢のある農業〜ドラマチック農業のすすめ〜」へ戻る

「自然人の語り」へ戻る

ホームへ戻る