コノヤロウ猿め!

私がまだ大学3年生だった1979年。 この頃の私は変わった色や形をしたアワチドリが欲しくて房総の山々を駆け巡っていました。

よく晴れた7月のある日のことです。 鴨川の町から車で20分ぐらい坂道を上ったところの道脇の広場に車を停め、2~3本の尾根を越えて沢の中を歩いていくと、左右に分かれた谷の正面にある切り立った大きな崖にとても濃い赤紫のアワチドリの姿をみつけました。 崖の高さは40mをゆうに超えます。 私は急斜面に生える木々につかまりながら何とか崖の上までたどり着くと、目の前の木にロープを縛り付け、崖を下りはじめました。そして左方2メートルくらいのところに、下から見えたアワチドリを見つけ手を伸ばそうとしたその時、上の方でガサガサガサガサッ! そしてキッキキッキキキ! と、自分たちのテリトリーに不審者が来たことで警戒したのでしょうか、たくさんのお猿さんが集まってきて、ロープを結んだ木の枝につかまりながら私のことを覗き込むようにして、モンキッキモンキッキと奇声をあげて大騒ぎを始めたのです。 そのうち木だけでなく、私の命を支えているロープにも手をかけてゆすっているのでしょうか、崖にちゅうぶらりんの私の体まで強い振動が伝わってきました。 これはまずい。 もし噛み切られてしまったのならば私はこのまま谷底へ真っ逆さまになってしまう。 夢中でロープをたどり、「コノヤロウーーー!!」と大声をあげたところ、猿たちは少し後ろの方に下がったものの、こちらの様子をずっとうかがっておりその場から立ち去る様子はありません。 数十分のにらみあいの末、私は彼らの眼力には勝てませんでした。

猿たち

この時手にすることができなかったアワチドリは、それまで見たことがないくらいとても濃い色をした魅力的なすごいアワチドリで、今でも時々夢に見るくらいです。 コノヤロウ猿め!


イラスト:M.Tajima

コラム筆者:山本裕之

「野生のランに魅せられて」へ戻る

「自然人のコラム」へ戻る

ホームへ戻る