本当にあった怖い話 [5] 消えた大八車 文:小川豊明

千葉県 清澄山 1983年7月

それは私が大学に入り、数々の先輩方からランの自生地を教えてもらい、抜け駆けするように1人で千葉の清澄山へナツエビネを見に行ったときの事です。その頃まだ車を乗り回すのは到底無理。4時間近くかけて、東京から電車に乗り安房天津へ、そこから清澄山までバスのつもりが・・・、田舎のバスは日に数本。仕方なく歩いて行く事にしました。この山は高校生の時から何回か通ったところで、東京大学の演習林がある事で比較的行きやすい立地。ところが夏の炎天下、30分も歩くと大汗が…。途中、貯金箱にならないか心配な自動販売機でジュースを3本購入。休み休み山道を登っていきました。

頂上まであと2km程の所で一休みしていると、後ろから大八車をひいた老人がやってきました、荷台にはあきらかに魚が積まれている様で、ぷんぷん魚のニオイがしていました。追い越しざまに可哀想なので後ろを押してあげようとしましたが、魚の汁でギタギタになっていて、ちょっと触りたくない状態だったため、そのままやり過ごしました。しばらくしてニオイも薄れたので、また頂上のお寺(清澄寺)を目指して進み、やっとの事で門前までたどり着きました。その時フッと気がつきました、山への道は一本道で途中には何もありません。それなのにさっきの魚?のおじさんがいないのです。ニオイもありません。門前の食堂で遅い昼食を食べながら、さっきのおじさんが気になり、店のお婆ちゃんにそのことを聞くと、「そりゃ大狸に化かされたんだ」と言われました。時々同じような事をいう人がいて、うっかり大八車を押すと、谷へ落とされてしまうそうで・・・。

狸の大八車

押さなくて正解でした!!なんだか急に寒くなり、怖くなってしまいました。そういう体験をしたときは、何か惹かれる物がある、と言います。私は1人で来た事が悔やまれました。そしてお寺にお参りをして、山には行かず夕方の最終バスで逃げ帰った事を思い出しました。今でもゴトゴトという音を聞くと、その時の大八車を思い出します。本当あれは何だったんでしょうね?


イラスト:M.Tajima

コラム筆者:小川豊明

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