幻となった春ラン 文:小川豊明

ゴルフクラブ造成地にあった朱色のシュンラン

それは私がまだ教員になったばかりのこと、千葉県の下総町にある農業高校に勤務していました。そこは下総台地のまっただ中で、台地に谷津田が入りくんだそれはそれはのどかな田舎町でした。それがある日、近くにカントリークラブができるとのことで、大型のダンプカーやショベルカーが集結、谷津にある松や雑木林を次々に伐採していきました。

ゴルフ場は山の地形を利用した、自然豊かな場所的なイメージがありましたが、それとは大きく外れた開発行為でした。生徒達はそれを見て「地球単純破壊行為」とか言う者もいました。伐採は日に日に進み、生物工学を学習し、ランの増殖を学習していた生徒達は、下草やたくさんあるシュンランが無くなってしまう・・と自然破壊をなんとかしたい、せめて地域にあるシュンランや、ナデシコ、コクランを救おうと言うことになりました。 3月のある日、工事業者に掛け合い工事のない日を選び、山に入り植物採取をする許可をもらいました。シュンラン救助隊の結成です。その場所はそれまでもシュンランの花茶を作るためによく花摘みに通っていたところで、たくさんのランがあった場所です。

自生のシュンラン

学校から大きな麻袋を持っていき、大地の斜面を横一列になって20人の救出採取です。90分の時間の中で採取されたシュンランは625株、みんな長い根を持つランたちでした。放課後に校内の雑木林斜面に一斉に移植をし、救出作業はとりあえずの完了です。しかし工事区域の500分の1程度にすぎませんでした。山はみるみるうちに形を変え、木々は無くなっていきました。そんなある日、シュンランの花茶を作ろうと一人の生徒が休みの日に伐採された山に入り、シュンランの花を摘んできました、たくさんある花の中にひとつだけそれはそれは目立つ朱色をしたつぼみがありました。私はこれは何処で取った物かを聞きましたが、あの辺の斜面と言うだけで、朱色には気がつかず「夢中で取ってきたからわからない」との事でした。私もその斜面に行っては見ましたが、つぼみを取ってしまった、葉ばかりのシュンランではわかりません。残念でしたがあきらめるしかありませんでした。そして10日が過ぎた頃、その斜面は整地され、なだらかな丘になっていました。この地域はシュンランの色花のメッカ、筑波山を遠く仰ぎ見ることのできる場所なので、変わった色のシュンランがあってもおかしくない所でした。あの頃あれだけ開発をしていた場所ですが、バブルが弾けて工事縮小、そして開発行為が止まり、木の伐採された所は山砂の採取場所と化し、台地跡にはススキだけが北風になびいています。金儲けに振り回されたランたちのお話です。

オレンジ色のシュンラン

コラム筆者:小川豊明

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