このままでは終わりです 平均気温が2度上昇その真実は…。

 最近、日本の平均気温が過去100年間で2度程度上昇したという話をよく聞きます。そして21世紀の終わりごろには地球の平均気温はさらに数度上昇するという統計がとられているようです。 約100年で2度か、まあそのぐらいならば大したことはないだろう、とあまり深く考えていない方がほとんどでしょう。 本当に大丈夫ですか?農業他、自然にたずさわる多くの人は、この平均気温2度上昇という言葉にかなり違和感を持っているのではないでしょうか。

 私は過去100年のデータは持っていません。気象庁が言うのならばほぼ正しいことだと思います。しかし、この平均気温が2度という言い回しには落とし穴があって、人々の不安をあおらないようなマイルドな伝え方だと私は思っています。

 その理由を、私のフラスコ培養をするためのハウスを例にとってお話しましょう。 約20年前の夏の事です。それまで30度を超えることがほとんどなかったそのハウスが2日連続で32度を記録しました。これは大変と、井戸水をガラスハウスの屋根にまき、32度でなんとか収まりました。 このハウスの構造は2重張りとなっていてちょうど木陰と同じような状態で、ハウス内に日がガンガンと当たることはなく外よりも気温が高くなったことのないハウスです。夏期の異常な高温はその後、更に激しさを増していきました。

6~7年前の夏のことです。ハウスの管理を従業員に任せて電話が通じない山奥の温泉で2日間を過ごしました。 山から下り、電話で従業員に現在の温度を聞くと、なんと38度だと言うのです。 過去にこのハウス内が38度まで上昇したことは一度もありません。 急いで帰宅するとハウス内の植物がぐったりしているため、スプリンクラーで冷たい水をかけたことを記憶しています。 そして2015年の夏、ハウス内は連日37~38度に達し、最高気温は39度になりました。 これが現状です。

 たしかに「平均気温」は2度上昇しただけかもしれませが、私のハウス内での「最高気温」は、この20年の間に5、6度上昇しているのです。 そして、逆に冬の最低気温は以前より下がる日が多く、つまり気温の振れ幅が大きくなっている、ということです。

 これがあと40年、50年続いたらどうなるでしょう。 千葉市にある私の農場での最高気温はおそらく45度、100年後には50度近くに達する日もあるのではと思っています。 こうなっても人間は涼しいところに移動すればある程度までは耐えられるかもしれません、しかし、それ以前に私たちの食料となる動植物は深刻なダメージを受け、食べ物がなくなる事態に陥ることが想定できます。

 例えば家電などが壊れるときに、少し前からなんらかの前兆があり、それから壊れたという経験はありませんか。 自然も同じです。 ある程度ぎりぎりまでは耐えるけれど、限度を超えてしまった時、取り返しのつかない障害となって現れる。 私たちの命の源である自然は今まさにぎりぎりのところで耐えている状態ではないでしょうか。 仮に今すぐ、地球を壊すような物事をすべてやめたとしても、おそらく10度程度の気温上昇は避けられないと考えています。

 転がしたボールが止まるのはかなり先。 今は地球温暖化など生易しい言葉で表現する場合ではなく、地球高温化、激温化などの状態ではないでしょうか。

 これからは地球上で人が平穏に生きていけることを最優先に考え、行動する時代なのではないでしょうか。


コラム筆者:山本裕之

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