エビネの原種 (日本産)

エビネ属 (Calanthe) 原種

日本の野山には約20種類の原種のエビネが自生していますが、その中で一般に流通している春咲きエビネの交配種の基本となる5つの原種について解説します。

ジエビネ Calanthe discolor

ジエビネ Photo by H.Yamamoto

北海道から沖縄にかけての広い地域に分布する最も一般的な原種。 和名のエビネ(Cal.discolor)はジエビネと同じ。 花期は春4~5月、自生地では一個体から増殖した、大きな集団となった姿がしばしば見られる。 花色は褐色系を主体に緑系・赤系・黒系、ごくまれに黄系など変化はあるが清んだ色は少ない。 葉は薄く、長さ20~30センチで3~4枚、葉柄部はしなやかで地面にひれ伏すような格好で冬を越す。 千葉県房総半島や東京都または九州の島しょなど温暖な地域に自生する個体群はやや大きめで立葉性となるものもある。 鹿児島県の奄美大島、徳之島あるいは沖縄本島に自生する個体群はそれぞれにアマミエビネ、トクノシマエビネ、オキナワエビネ(カツウダケエビネ)と呼ばれている。 かつては日本各地の低山の林床でごく普通に見ることができたが、残念なことに1970年代から始まった山野草ブームによる採取や他樹種の植林、土地開発などのための山林の伐採などで数を減らし現在は山奥などでたまに目にする程度です。 (その他の特徴) 新芽(花芽)の形成時期は他の種類と比較して最もおそく、夏頃に作り始めた新芽は秋~冬の間地中で過ごし、春地温が上昇するとともに急速に肥大、伸長して開花に至る。ひとつのバルブから発生する根の数は他の種類よりも多い。 また種子繁殖をしてはじめてわかることとして、個体により若干の差はあるものの発芽から数年間(初期)増殖は極めて旺盛なため初花が咲く頃には新芽の数もかなりの数に及ぶ。 変化の激しい平地で生き延びるために備えたジエビネ特有の性質であろうか、自生地で一つの個体が広い範囲に点在しながら林立して咲く理由がわかる。

キエビネ Calanthe sieboldii

キエビネ Photo by M.Goto

紀井半島以南(以西)四国、九州に分布。台湾に自生する同種と考えられるものはカワカミエビネと呼ばれる。 花は日本産春咲きエビネの中では最も大きく直径5センチ前後の黄色い花を10~15花、4~5月に咲かせる。 葉は通常3枚ジエビネと比較すると大きくて幅がある、葉肉は薄い。 人里から離れた、人の行き来が少ない山中ではかつて純粋なキエビネだけが群生して咲く姿も多くみられた。これに対し人里近くにあるいわゆる里山で他種と混在して自生する個体の中には外観はキエビネに見えても実際はジエビネとの雑種(タカネ系)がかなり含まれていると考えられる。 このことは両親がキエビネの交配からしばしば褐色を帯びた個体が出現する事からもうかがえる。

キリシマエビネ Calanthe aristulifera

キリシマエビネ Photo by Y.Sawayama

紀井半島から九州の島しょにかけて分布する春咲きのエビネ。 少し離れて伊豆諸島にも自生する。 比較的低所にある沢沿いの急斜面や島しょでは海からの風が吹き上げるような谷、その上部に位置する尾根、時には山頂付近でも見ることができる。 一見、まったく異なるような環境に思えるが地面から直接水分が得られる、あるいはしばしば霧が発生などで水分が供給される、冷涼な環境下で多く自生する。 九州の島しょには葉に幅があり大型になる集団がある。 花弁およびがく片の質はきめが細かく花色は白色から紫色をおびるものまであり、特にうら側が強く発色する。 唇弁は淡桃紫色や淡黄色などの変化がある。

冷涼な場所に自生するため、開花時に凍結から生殖器官を守るためなのか、多くはかかえるように下向きに咲く。 バルブに2~3枚の葉を付け、さらに2~3年分の葉を連ねて自生している。

サルメンエビネ Calanthe tricarinata

北海道、本州、四国、九州、日本以外では中国やヒマラヤなどに分布する。夏期、冷涼な地域(関東以西では高所)に1~数本の株立ちで自生する。 花期は春(自生地では5~6月)。 花は通常緑黄色で赤褐色のフリルがある唇弁をもつ、花茎はスラリと伸びやや下向きにまばらに咲く。 葉は3~4枚、葉柄部は幅広でしなやか、日本産の春咲きエビネの中でもっとも大きな葉をもつ。 開花から新芽(花芽)が形成されるまで期間は特に短く、自生地では冬がくる前には大きくりっぱな冬至芽を作り、雪の下で葉をひれ伏すようにして春を待つ、大きな葉を持つ成株でも着花数が 少なく、さらに花茎も柔らかいのは短い春夏の間に翌年の花芽まで完成させなくてはならないからであろう。 実際に平地では他の春咲き種と比べてかなり早咲きとなる。またサルメンエビネを平地で栽培することが難しいと言われる理由は単に夏の暑さで株が弱るだけではなく、高温もしくはそのほかの原因で新芽の形成に障害がおこり結果りっぱな新芽を作れない事によるもの。

ニオイエビネ Calanthe izu-insularis

ニオイエビネ Photo by H.Yamamoto

伊豆七島の御蔵島をはじめ神津島、新島に1970年代までは自生していたが、採取により現在では自生する姿を見ることは難しい。 昔、八丈島にも自生していたという話はあるがそれを知る人また同島産の株も見当たらない。花は淡桃紫色が普通でまれに濃紫色や白色の個体もある。 花弁はよれるように後方に湾曲して咲き、唇弁は通常白色、基部には濃い黄色の点がある。長い距をもち、良い香がする。 葉は通常2枚、時に3枚。自生地では葉柄部は丈夫でスラット伸びるように立ち3~4年分の葉を残す。ひとつのバルブから発生する根の数は少ない。 ニオイエビネの分布域は南方(南海に浮かぶ)の島々ではあるが自生している環境は、海から吹き上げる風によりしばしば霧が発生するような谷間や斜面、あるいは山中にある岩のすき間から冷たい風が流れ出す周辺などでいずれも日中でもかなり涼しい場所。 栽培品は葉に強い光沢があり丸みのあるのが普通だが自生株はスラットした葉柄の薄い葉をしていて花のない時期は九州の島しょなどで見られる大型のキリシマエビネとよく似ています。 このことから別名にオオキリシマエビネという名が付けられていたことも理解できる。


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