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幼少の頃から植物に興味を示し、小学2年生の頃にはすでに植物博士とあだ名がつけられるほどで、草花、観葉植物、食虫植物、サボテン類を栽培する。 5年生の時、近くの山で偶然エビネを見付けたことがきっかけとなり、ラン類に夢中になる。

⇒ 牧野富太郎博士に憧れて

中学生 私専用の4坪の洋ラン温室の前で

高校1年(15才)の時には、伊豆御蔵島に、その後も三宅島・八丈島など伊豆七島を中心に野生ランを探して歩く。 17才の時には、夏咲きエビネを探す目的で、沖縄本島の本部半島へ。

高校1年生夏 御蔵島にて

東京農大入学式ギリギリの3日前まで伊豆七島御蔵島に、そして、その20日後には学友と2人でエビネを探しに軽トラ(スバルサンバー)にて鹿児島へ向け出発。 2年生の時には学内の植物好きを集め、野生ラン研究会を発足、初代会長となる。 大学の4年間は常時ランのことだけを考えて過ごす毎日で、まるで探検家が危険をおかしながらも宝探しをしているような気分で、 見たことがないランを探し求め、南の島々を中心に年に150日以上日本中を駆けめぐる。 学校にいる時は、サークルでラン好きの仲間達とランの話をするか夜中に研究室で趣味のフラスコ培養をしているかのどちらかで、授業に出た記憶はほとんどない。 それでも樋口春三先生、前川文夫先生をはじめ、サークル顧問の丹田誠之助先生など、優秀な先生方にめぐまれ、なんとか4年間で卒業できる。 卒業論文は「アワチドリ未熟種子の無菌培養」の研究 卒業後も大型トラックおよび重機の運転手のアルバイトをしながら、ランを探す目的で日本各地を歩き続ける。 これと並行して大学時代からのエビネ・ウチョウランの育種も続け、26才の時にペットショップ ‘ポチとタマ' 内に園芸部を創設し、その後、蘭裕園として独立する。

高校三年生春 三宅島、新澪池にて。同級生の佐藤君(浦安市佐藤種苗店)とともに

通常は人が行かないジャングルの中を歩き回ることで、増水した激流に流される、スズメバチの襲撃で刺されることも数カ所、ハブに飛びつかれ、あと5センチで命中、 その他にもツツガムシ病、疑似赤痢など、普通ではかからない病気も経験するが、今でもしぶとく生き続けている。 自然の中に自生するランの姿をたくさん見てきた絶滅危惧人

プロフィール
山本裕之 (やまもとひろし)
1957年千葉市生まれ
東京農業大学卒
職業:こころの華作家(こころのはなつくりびと) 花・ラン育種人 自称思想家
頭は少し悪いものの花を育種する情熱はだれにも負けない。
熱い情熱の花育種人(はなつくりびと)

賞歴他
東京ドーム世界らん展では上位入賞の常連(ただし○年以降は出展していない) また同展で役員も長年つとめる。 幹事の役職をもって約10年前退任する。

著書
NHK趣味の園芸 / よくわかる栽培12ヶ月・エビネ / NHK・人気品種と育て方・エビネ(三池延和氏との共著)
育種・人工交配を担当 その他、エビネ・ウチョウランの園芸書その他多数


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