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サクラジマエビネ編

大学の野生ラン研究会の仲間たちとともに鹿児島へ

1979年、私が大学2年生の時、2~3月にかけて鹿児島県内の島々と大隅半島南部を野生ランを探す旅をしました。

その工程はまず東京で私の愛車キャラバンをフェリーに乗せ宮崎県へ、そこから車で鹿児島県へ、数日間あちらこちらを転々としたあとフェリー「クイーンコーラル」で奄美大島へ、約一週間自生地を散策し再び鹿児島へ戻り翌日から大隅半島南部を探索する旅でした。

桜島をバックにみんなで記念撮影

まず一緒に行った仲間たちを少しだけ紹介すると、卒業後種苗会社で新しいタイプのペチュニアの増殖他の試験をまかされてサフィニアとして世の中へおくりだすことに成功した相川君、ヘメロカリスやリコリスなどの交配をすすめその農園がたびたびテレビでも紹介される岡本君、卒業後も大学に残りリゾクトニア属(ラン菌)の研究をし、その後メリクロン舎を設立した柴田君、そしてカメラマンの高橋君、このように卒業後は日本の園芸界をけん引し貢献したことで知られているそうそうたる仲間たちです。そんな仲間たちとのラン探しの旅は初めて自生を見るものも多くあり感動の連続で口では言い表せないくらいに楽しいものでした。この旅の中で出会ったランたちをひとつずつ紹介していきます。

サクラジマエビネ ( Calanthe oblanceolata 別名:Calanthe mannii )

かつて九州の数か所でごく少数だけ発見されたことがあるエビネです。その数は極めて少なく今では自生の姿を見るのはとても難しいといわれています。和名はサクラジマエビネ、最初に桜島で発見されたことに由来します。 私たちは最初の目的地、桜島へ行く途中に鹿屋市の後藤さん宅へ立寄り、昔、桜島で見つけたという株を見せてもらいどのような姿をしているのかを確認しました。そしてすぐに自生地として知られている桜島へむかいました。近くまで行き山を見上げてみるとここでサクラジマエビネを探すのは無理だろうと全員が実感し(けっこう毛だらけ山灰だらけ)過去に発見された記録のある別の場所へ行き探すことにしました。

てくてくと曲がりくねる山道を2時間あまり歩き山頂の少し下のたいらな場所をキャンプ地に選び荷物を置くと、数時間後に集まる約束をし、各人が好きな場所へ散らばっていきました。私は我先にとばかり山頂を目指し一目散に歩きました。しかしそこで目にしたのはナゴランやキリシマエビネばかりで目的のサクラジマエビネは一株も見つけることはできませんでした。この時探し歩いた距離は他の誰よりも私が一番長かったと思います。全力で歩き疲れ果てて来た道を戻るとかなり下の方から、岡本君の声が聞こえました。「おーい、おーい」と叫び、彼の居場所を確認し山中で合流するとなんと「ずっと下の方でサクラジマエビネを見つけた」と嬉しそうに私に話しました。同時に私は脱兎のごとく急斜面を100メートル以上一気に走り降りると、そこには夢にまでみたあのサクラジマエビネの姿が点々とありました。その場所にはたくさんの砕けた石が転がりススキやシダ類が多く生えていて私が今までに見てきた他の種類のエビネの自生地とはかなり違う様子でした。翌日もみんなで歩き回り最終的には全員で50~60株を確認することができ生標本として数株を持ち帰ることにしました。約2か月が経過すると小さいながらもきれいな緑色の花を咲かせました。それは紛れもなくサクラジマエビネでした。このあとクイーンコーラルで奄美大島へとむかう。

初めての奄美大島編


コラム筆者:山本裕之

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