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エビネ好きの少年、バイクで鹿児島の離島へ !

私が大学三年生になったばかりの1979年4月の中頃のことです。8日間ほど大学の授業を自主休講し、ひとりで単車を飛ばして鹿児島までエビネを探しに行きました。 千葉をでて、川崎の港からフェリー(高千穂丸)で宮崎県日向へ。途中、都城市、鹿児島市街を経由して、夜遅くには串木野港(甑島への玄関口)へ到着しました。

目的地は下甑(こしき)島の最高峰、尾岳。

翌朝、甑島商船の有保丸の備え付けのクレーンで愛車のハスラーを吊り上げ、甲板に積んでもらいました。出帆約4時間の船旅ののち、下甑島長浜港にて下船するやいなや、私を乗せたハスラーはパンパンパンと甲高いエンジンを響かせて尾岳山頂を目指しました。

山頂から少し下の峠にある空き地にバイクをとめ、草むらの中にキャンプ道具一式を隠すとすぐに山頂を目指しました。このあたりは標高が高く涼しいため、キリシマエビネが多く見られました(自生)。斜面を数百メートル下ると、キエビネやジエビネもたくさん開花していましたが、人が入ることが少ない深山のため、それぞれの種類はハッキリと住み分けをするように自生していました。このため、ジエビネ、キエビネ、キリシマエビネ等の原種はたくさんあるものの、種類ごとにハッキリと住み分けしていて、丸三日間山中を探し歩いたものの残念ですが私が期待していたようなヒゼン系、サツマ系などの交雑個体はほとんど見られません。

少し変わった花といえばキリシマエビネの純白と濃い桃舌の二つだけでした。面白い交雑個体はみつかりそうもないため、一週間の滞在を予定していた下甑島は早々に切り上げ鹿児島県の大隅半島へ行こうと思いました。 長浜から串木野港へ向かう帰りの貨物フェリーの中で仕事帰りだという職人風の男性に話しかけられました。その中で私は千葉からエビネを探しにきたことを話すと「自分は薩摩半島の知覧郡川辺というところで暮らしているが自分の町にも綺麗なエビネがたくさん見つかり、ちょうど今日と明日エビネ展をやっているから行ってみると良い」と勧められたのです。

このため、串木野の港へ着いた私は海岸線の県道を通り、日置、吹上浜のあたりから内陸の川辺町のエビネ会場を目指しバイクを走らせました。農協にある会場につくと、そこはたくさんの人であふれていて、ひな壇の中央には色とりどりの交雑個体が立派な鉢に植えられて飾られていました。特に、花間があき日本的な趣のある紫色は人気があるようで、中央付近を独占していました。

その中に’紫宝’と名付けられた個体が一鉢あり、それを自分がみつけたのだという人が自慢げに色々な話をしてくれました。その人が言うには、自分の町では’紫宝’のような綺麗なエビネがたくさんみつかっていて、綺麗な紫色をしているエビネは田んぼのそばの山に多く生えているそうです。また、その理由は田んぼに生えるレンゲの花粉を虫たちが運び、エビネに交配するからだと言うのです。真相はともかく、私が見てきた範囲でも山奥よりも人里に近い山の方が多くのエビネが見られ、さらに、複数の種類が交雑して生まれた綺麗な個体が多くみられることも事実です。この理由については別のところで私の見解をお話します。 ちなみに’紫宝’はこの時は開花株で一鉢15万円ということでした。

私のこの旅の総予算よりもはるかに高いため買えるはずはありません。会場では普通のエビネということで10本ひとからげにしたエビネが一袋500円でたくさん販売されていました。よく見るとその中にはキエビネ、ジエビネ、タカネ等に混じってヒゼン系、ヒゴ系、サツマ系等とても面白い雑種個体が多くありました。このため、山で探すよりもはるかに効率よく、しかもかなり安価にて面白い個体をたくさん手に入れることができました。(笑)

後藤さん撮影の野生ランの写真は蘭裕園のホームページでも公開しています。


コラム筆者:山本裕之

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