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想ひ出の奄美諸島 ラン探索記 〜恐怖のハブ〜 文:南條洋介

大きく裂けた口と鋭く尖った2本の牙,木の棒を咬ませるとその牙から滴り落ちる毒液,その姿はまさに悪魔の化身のようでした。

八重山の旅を終えた私たちは途中、植物調査をしているグループに会い、徳之島でトクノシマエビネ開花の情報を聞き、急遽徳之島に行く事にしました。島に着くとさっそく山へと向かいました。この島には世界でも特に強い毒をもつハブがいる話を聞いていましたので、おっかなびっくりの行進です。

ジャングルをかきわけ沢を登っていくと、草かげでトグロを巻いた大きな大きなハブに遭遇!前を行く山本さんめがけて今にも飛びかかりそうです。「ワァーーーハブだ!」山本さんがのけぞり後ろにいた私たちは恐怖のあまり動く事すら出来ません。頭の中は真っ白です。山本さんは、へっぴり腰の私と山崎君に長い木の棒でハブを押さえるように指示すると,すかさず悪魔のような大ハブの首根っこをつかんで難なく生け捕りにし、黒いビニール袋に押し込みました。

あたりには藪の中に咲くたくさんの『トクノシマエビネ』の姿がありましたが,もしかしてまた掻き分けた藪からハブが現れるのかと思うと,私は怖くてもうそれどころではありませんでした。山の中では常におっかなびっくりの私たちでした。

下山後,街で大きなビンと焼酎を調達し,生け捕りにした大ハブ(182センチ)は、なんとハブ酒にするというのです…うそだろ!? その前に排泄物を出すということでしばらくの間ビンの中で生かしておくことに・・・ 大ハブは,瓶の中に閉じ込められたあとでも私に恐ろしさを見せつけます。 港で,大ハブをいれたビンを地面に置いてひと休みしていると,コンテナを運ぶ1台のリフト車がすぐそばを横切りました。 その瞬間,ビンの中から、直角に口を開いた大ハブが外のリフト車に向かってビンの壁に体当たりしたのです。 地元ではハブに咬まれることを打たれるといいますが,この時はじめてその意味がわかりました。 咬むというより獲物に向かって牙を打ち込むのです。 排気ガスの熱に反応しているのか,リフト車が横切るたびに何度も何度もビンの壁に牙を打ち続けていました。 藪の中ではSの字の形に縮めた体に力をため,近づいてきた獲物の体温を感じた瞬間,その方向めがけて矢のように飛び出して毒牙を突き刺すのでしょう。 いまにもビンの中から飛び出し,私に向かってきそうな大ハブにショックを受けた私は,名瀬に着いた後、港に泊めてあった山本さんの愛車,緑色のキャラバンの中で熱を出して寝込んでしまいました。

最後の探索地は,奄美大島です。 最初に私の目を惹いたのは,パステルカラーの『アマミエビネ』でした。 薄暗い林の下や藪の中でその艶やかな姿はひときわ目立ちます。それはまるで美人のエビネにほほえみかけられているようでした。 けれど、私が奄美大島で一番楽しみにしていたのは,カトレアのようなバルブを持った『シコウラン』の自生地を訪れることでした。 しかし,この思いが大失敗を引き起こしてしまうのです。

アマミエビネ

『シコウラン』は太い樹木の幹に自生しているイメージがあったのですが,この場所では谷に覆いかぶさる木の枝などに着生していました。無我夢中で山中を歩きまわり、ようやく出会えた『シコウラン』でしたが、谷を下りた場所で、ふと気がつくと山本さんと山崎君の姿がありません。大声で名前を呼んでも誰からも応答なし、自分の声が森の中に消えていくだけでした。迷子になってしまったのです! このときばかりは,もう棒で目の前の藪を叩く余裕はなく,ひたすら山道を探し回り、ジャングルの中を上へ行ったり下へ行ったり。もしもこのまま日が暮れてしまったら,ハブが潜む山中で野宿です。そう考えると頭の中はパニック寸前です。心細いやら、おっかないやらで、今にも泣きそうな私。「ここでハブに咬まれたらどうしよう・・・」

それからどれくらい時間がたったでしょうか。山中を必死に歩きまわっていると,ようやく人が通ったあとがある山道にたどり着きました。しかし、ただでさえ方向音痴の私が山中をぐるぐる歩き廻ってしまったので、どちらが人里の方角かが全く分かりません。 もしも人里と反対の方向に進んでしまえば再び山の奥へ奥へと入り込んでしまうことになります。 右か左か。一か八かで思い切って左の方角をしばらく進むと,道は小さな川の脇に沿って続いていました。そこで茶碗のかけらを見つけた時に、初めて山本さんと山崎君の顔が浮かびました。「彼らは、さぞかし心配しているだろうな。」 そう思った直後、前方に必死に私を探す2人の姿が見えました。助かった…! 私が迷っていると察して、山に入ってきた道とは別の道から探しに来てくれたとの事でした。「ハブに打たれて動けなくなっているかもしれない!もし見つからなかったら捜索願を出そう」と話しあっていたようで,大変な心配をかけてしまいました。しばらく歩くと前方には人里が見えました。もしも反対の方角に進んでいたらどうなっていたことか・・・ 「右に行くべきか,左に行くべきか」そこは私の人生の分岐点でした。 代償はとても高くつきましたが,このときに見た『シコウラン』の姿は一生の宝物です。 『シコウラン』は一見,日本産のランには見えませんが,日本では奄美大島だけに稀産する『コゴメキノエラン』もオンシジュウムのような姿をしています。 『コゴメキノエラン』は霧がかかるような幽玄な雰囲気の中、悟りを啓いた高僧のよう静かに樹上に佇んでいました。

シコウラン

コゴメキノエラン

コゴメキノエラン

そして、過酷な工程で、奄美大島を去る頃には緑のキャラバンのラジエーターに穴があいてしまったり,朝,真っ白いご飯を食べようと飯ごうを開けてみると、真っ黒なアリご飯になっていたり,その他にも数々のトラブルに見舞われましたが、ようやく探索は終了です。 こうして、汗や垢が滲み込んだ探検服をすべて脱ぎ捨て、40日を超える探検旅行は終わりました。帰りの船に乗り、これで東京に帰れると思うと、バッグの中にいるハブの事も忘れ、ようやく一息つけました。

徳之島の港にて

このとき以来,私は,八重山や奄美の島々を訪れることはありませんでしたが,あの素晴らしい生き物たちの楽園はどうなっているのだろうと考えることもよくあります。 人間の欲望や勝手な都合で生き物たちの楽園が失われてしまうのはとても悲しいことです。 当時,あれほどハブを忌み恐れていた私ですが,今では,生き物たちの楽園を人間という悪魔から必死で守り続けた精霊の化身に思えてなりません。 時折テレビで島の様子が映し出されることがありますが、あの島,あの谷はどうなっているのでしょう?今ではとても懐かしく感じられます。


コラム筆者:南條洋介

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