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セッコクを探すため自転車で180キロを行く

中学2年生(約45年前)のある日の事、千葉県房総半島の清澄寺にある大きな楠の木にはたくさんのセッコクが着生していて、地元の人は台風の後に木からはがれ落ちたそのランを拾い集めて栽培を楽しんでいるという話をききました。 私はいてもたってもいられなくなり、すぐに出発することにしました。 「よし行こう。セッコク採りに清澄山!」 セッコクは、だいぶ以前にシノブで根巻きにされて販売されているのを買い求めて大切に育てていましたが自然に自生する姿は見たことがなかったからです。

次の日曜日、真夜中の午前二時、友人とともに自宅から約80kmのところにあるこのお寺を目指し、自転車で千葉市稲毛を出発。市原市に入り、くねくねの細い道をひたすら進み、養老渓谷のあたりまでくるとアスファルトの舗装は無くなりデコボコのジャリ道になりました。掘り抜きのトンネルをいくつもくぐり抜けると四方木の部落。そこからさらに長い長い急坂を上りきるとようやく目的地の清澄寺です。本堂のそばに大きな楠の木を見つけ走り寄ると、頭上高くにはたくさんのセッコクが見えました。その直後、無我夢中でその木にかじりつき一番下にあるセッコクの株に手が届いた瞬間、いきなり足を引っ張られたかのように感じ、私の体は真っ逆さまで落下! バリバリバリッ!痛えぇーーーーーーっ!! 幸運にもサツキの刈り込みの上に落ち、奇跡的にすり傷と青あざだけで済んだのです。あーあ、セッコク(せっかく)採れたのに…。まあコッセク(骨折)しなくてよかった…。帰り道は山を下り天津小湊、勝浦、茂原を経由しての、全行程180kmの道のりは悪ガキの頃の良い思い出です。その時やっとの思いで手に入れた小さなセッコクはそれから後も、かなり長い間大切に育てていたと記憶しています。

今思うと清澄山のこのお寺、清澄寺は日蓮上人ゆかりのお寺です。実は私の家は代々真言宗です。日蓮宗の大!本!山!つまり本拠地のお寺を荒らす輩は、いくらガキとはいえ見逃さない、けれども、かなりの高さから落ちた割にはたいした怪我もしなかったことを考えると、日蓮上人さんはかなり手加減してくださり大けがはさせずにちょっとだけのおしおきにしてくれたということだったのでしょうか?


コラム筆者: 山本裕之

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