English / 日本語

Facebookのアイコン

youtubeのアイコン

sitemap

西表・石垣島探険記2 タコガタ?タカサゴ??? 文:那須陽一

 1983年(昭和58年)3月2日朝、カンピレーの滝側で2泊した3名(柴田先輩・松永先輩・那須)はテントをたたみ、次の目的地に向かうために「ドボーン事件」があった船着き場(軍艦岩)に向かった。 途中、カンピレーの滝の甌穴(長年、水流で石が転がり浸食されてできた穴)から体長1mを越えるオオウナギが顔を出し、私たちを見送ってくれた。

 船着き場で船を待っている間、2日間に起きたいろいろな出来事が思い起こされ、感傷的な気分に浸っていたところ、30分程度で船がやってきて、どこかの大学の女子ワンダーフォーゲル部20名くらいが、どやどやと下船してきた。 ビシッと決まった都会的なユニフォーム姿は、2日間ジャングルを駆け回り、泥にまみれた我々とは対照的だった。

 帰りの船は、私たちの貸し切り状態であった。 3人とも船首に陣取り、船頭気取りで周りを見渡した。 緑のジャングルの所々で咲き乱れている薄紫のセイシカ(ツツジ科)の花が印象的だった。 この船の船頭さんは、女性の方で、「この辺り(浦内川河口周辺)には、サメやシマアジが泳いでくる。」ということや「先日、シマアジが自分の船のスクリューに当たり、気絶したので捕まえて食べた。」ことなどを少し得意げに話してくれた。 船は無事到着したものの、船着き場から上原のみどり荘(民宿)まではバスがなく、重い荷物を背負って、てくてくと歩くしかなかった。 その途中、松永先輩が予想外の物を見つけた。 それは、柴田先輩から「メッチャかわいいランじょ。」とよく聞かされていたキヌランだった。

キヌラン

三人とも、とても感動し、しばらくは飽きずに眺めていた。 もちろん、その美しさをカメラに納めることもでき、大満足だった。

 その後しばらく歩き続けていると、道路の脇にちらほらと赤い花が目につくようになった。 近寄ってみると、コウトウシランだった。 近寄って撮影していると、近くに緑色の花を咲かせたランを発見した。 トンボソウに似ているが、花の形が全然違った。 コウトウシランの赤色は目立つが、この花は全く目立たない。 しかし、「俺のことは、撮らんのかい!」とふんぞり返って口ひげを広げたように咲いている姿は、なかなかいい味を出していた。 現在そのランは、タカサゴサギソウと呼ばれているが、以前は、タコガタサギソウだと聞かされていた。

タコガタサギソウ タコガタサギソウ

タコガタ?蛸型??と思って、気になり、前川文夫先生の著書「原色日本のラン」で調べたところ、「命名者は、台湾植物の研究者で有名な早田文蔵先生で、名前の由来の詳細は不明であるが、特殊にふくれた距の形をタコの頭部に見立てて付けたものと思われる」と記載されていた。 また、タカサゴサギソウと呼ばれるようになった背景については、「その後、その異様な名は、産地及び学名の台湾の雅称である『高砂』にいつか転訛ないし誤解されて、今日では『タカサゴサギソウ』の名が通っている」とも記載されている。 前川文夫先生は、ご自身の著書において、早田文蔵先生の意をくみ、あえてタコガタサギソウの名を使用されている。

 さらに歩いていると、一天にわかにかき曇り、激しい雨が私たちに襲いかかってきた。 全身ずぶ濡れになって雨と格闘しながら、われわれはただただ歩き続けた。 正直、体力と気力の限界だと感じ始めたとき、幸運なことに集落が見えてきた。 ロビンソン小屋というお店に駆け込み、雨宿りをした。そこは、ハブやイリオモテオオコウモリなどが展示してある興味深い店だった。 しばらくすると雨も止み、再び歩いて目的地にたどり着くことができた。

 次の日(3月4日)は、ヒナイサーラの滝、星砂の浜などの観光地巡りをした。

星砂の浜 星砂の浜

また、西村穣先輩の「上原にある池の周辺で、多くのナリヤランを見た。」との情報に基づき、調査をした。 しかし、池の周りはススキのような雑草ばかりでナリヤランらしき物はなく、可憐なピンクの花も全く見られなかった。しかし、よくよく見ると、その中に少し雰囲気の違う花が見られ、それがナリヤランだと判明した。

ナリヤラン

そして、目が慣れてくるとかなり多くの個体を確認することができた。 また明日からは、ジャングルだ。 とても楽しみである。 次の目的地・大富では、幻のランを見つけてやるぞと心に誓いながら、眠りについた。


コラム筆者:那須陽一

「野生のランに魅せられて」へ戻る

「自然人のコラム」へ戻る

ホームへ戻る