神津島 野生ラン探しのはずが… 文:廣川浩二

大学2年生の頃、夏に神津島にイワチドリが特異分布で生育しているということで、桜井君と向かいました。桜井君は、野生ラン研究会の会員ではありませんが、植物全般(山野草や野生ランなど)の知識が豊富でした。それとは別に彼は、日本爬虫類学会の会員で、ヘビにおいても特異的に分布する島のヘビの行動調査が目的でした。この神津島は川や池がなく、カエルなどヘビのエサとなるものが本土と違い生息していません。この島で食物連鎖の頂点にいるヘビたちのエサは、本土のトカゲの変種のオカダトカゲだけです。また、マムシなどの毒のあるヘビもいません。生息するのは、アオダイショウとシマヘビだけです。

フェリーを降り、島の反対側の避難小屋に着くまでオカダトカゲがコンクリートの上にうじゃうじゃいました。本土のトカゲ同様不規則で早い動きでしたが、それ以上にヘビのほうが速いのを目撃しビックリしました。エサに困らないヘビは大きく1m〜2m近くありました。避難小屋から見える神津小島はもっとおもしろく、このトカゲすらいないということでした。主に海鳥の卵を食べているらしく、2m以上のヘビもたくさんいるらしいと桜井君から聞きました。

野生ランの話ですが、この神津島はニオイエビネと地エビネの自然交雑種であるコウズエビネで有名です。島の北側には天上山という火山があり、標高は572mですが、珍しい本土の1000m以上に生育している高山植物があるということでした。避難小屋へ向かうため、島の中央部の林道を歩いていると、大量の地エビネの群落がありました。ただし、ニオイエビネ系の血をひいた硬い照り葉のコウズは、一本も見られませんでした。

島の南と中央部の村落には、野生ランもあまりなく、2日間はヘビの調査に付き合わされました。ヘビが出てくると島の地図に記帳して、ヘビをひたすら捕まえ麻袋に入れていく作業でした。夏なので暑いのですが、桜井君の熱意はすごく、2日目には彼と山ではぐれてしまいました。しかし、ヘビはいくらでも捕まえられるため、袋に40匹ぐらい入れて避難小屋に戻ろうとしました。しかし、帰る途中でもヘビが出てしまい、予備の袋もないので両手の指に一匹ずつ挟み込み、計14匹持てることがわかりました。両手に巻き付いたヘビは冷たいのですが、腕をしめつけたまま村落を歩いていると、島の村民に気味悪がられ道を開けてくれたのを憶えています。小屋に集められたヘビは、麻酔で眠らせ、一列に並べられ、長さ、太さを計り、最後に調査者個人のマーキングとして、肛門から何枚目のうろこに多少の切れ込みを入れ、翌日捕獲した場所に放し、何ヶ月後にまた捕獲して、移動行動を調べるものでした。避難小屋の20畳ぐらいの板の間に100以上のヘビとトカゲが並べられ、不気味な光景でした。

何日かしたある日、避難小屋を管理している地元の人が、点検のため入ってきました。暗いライトの光で、ヘビの長さを計っている時でした。ヘビの山を見て、何も話しかけず慌てて出て行きバイクを走らせていったことを憶えています。朝早くこの小屋を出ていかないと警察が来そうなので調査を早め寝ることにしました。暗い中ガサゴソと音がします。何かとライトをつけると大きなゴキブリが何百匹もいます。桜井君を起こしましたが彼は気にもせずゴキブリにたかられ寝ています。大変な人と来てしまったと思いましたが、私も疲れていたこともありすぐに寝てしまいました。

翌日袋のヘビを捕獲した場所に放し、北の天上山中腹の林道へ向かいました。海の見える中腹の林道下にはヒメトケンランが数多く繁殖し、目を楽しませてくれました。スダジイの枝には数多くのナゴランが着生しています。南と違い標高があるため、木々がうっそうとしていました。どの枝も苔むし、着生ランにとって良い環境だと思いました。

やがて式根、新島方向の北の端に着きました。火山島らしく、岩がゴロゴロしてきました。海の見える崖に出ましたが、そこは何千体の大小さまざまなお地蔵様があり、中央部に石碑がありました。供養塔の隣の看板を見ると、江戸時代の流人の首切り場で、その平たい石の上で処刑されたと書いてありました。荒涼とした場所で崖の下は海で落ちたら助からない所でした。前を見ると海と崖、後を見ると何千体のお地蔵様、気味の悪い所です。イワチドリが生育しているとの情報では、この崖に生育しているとのことでしたが、確認はできません。もし生育しているのならヘビ同様特異分布です。夕方になるとバイクの音がして、村民のご老人が2人3人と来てロウソクと線香に火をともし、拝んで帰っていきます。村落からかなり離れていましたが、バイクで来る道があると思いホッとしました。夕暮れに輝くロウソクと線香のかおりは、数多くの人がここで処刑されたことを意味していました。早く真暗になる前に帰ろうとした所、桜井君はここで疲れたのでテントを張ると言い出しました。仕方ないので首切り場の近くにテントを張り、気絶するかのように就寝しました。

翌日、夜明けとともに早起きして、無事に東京へ帰りました。イワチドリは正確には確認できませんでしたが、他の島同様それ以外の野生ランを観察できました。それ以降桜井君とは何度か山へ行きましたが、この神津島でのお地蔵様に囲まれての一泊が頭から離れません。

その後一人でよく山に行きましたが、主に道路脇で寝ることが多くなりましたが、なんとも感じなくなりました。ただし、3回ほど道路脇で寝ていると必ず夜の2〜3時頃に警察が2〜3人で来て職務質問されました。「危ないしよく怖くないね」とおまわりさんに言われますが、ある神津島の一泊に比べたらと思っています。


コラム筆者:廣川浩二

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