イリオモテヤマイヌ!?

1982年、春。去年、西表島の古見岳でみつけた、新種もしくは新産と思われる見たことがないラン(のちにトミヤマフタオランと命名)の開花を確認した帰り道、猛烈に茂るガサやぶの中をかき分けながら進むと、足元には巨大なタイワンエビネや、葉裏を紫色に染め表面はビロードに輝く葉を持つ希少種モノドラカンアオイも点々と見られました。

下山後、古見の集落まで歩きそこから島の対岸へ抜ける細い縦走道に入ることとなりました。この道は縦走道とは言うものの、最近はあまり人が通っていない様子で伸び放題に伸びたシダが行く手を遮り、グチャグチャにぬかるんだ地面が足元をすくいます。そんな山道をどうにかこうにか3時間ほど登ると、なんとかテントがはれるくらいのスペースを見つけることができました。

ここで一夜を過ごすと決めテントをはっていると、大きなリュックサックを背負った数人のグループがやぶの中からやって来ました。話によると彼らは琉球大学のワンゲル部で、古見岳方面から2日間かけてジャングルの中を歩きここまで来たということでした。昨夜は運よく山の中で捕まえたた大ウナギをおかずにして、久しぶりのごちそうだったと得意げに話していました。 普通は誰も通らないような難しいコースをなんなく抜けてくるとは、さすが地元沖縄琉大のワンゲル部です。(ちなみに、私の後輩である佐伯君と西村君は翌年その辺りで遭難し、一週間も山中をさまよい歩いて命からがら下山出来たと聞いています。)

翌朝、テントのそばを流れる水の中に、かなり大きな動物の歯のついた下アゴがあるのを見つけました。その時は、イリオモテヤマネコ?それともイノシシ?と思いました。そのすぐ脇には少し白っぽい花をたくさん咲かせた見たことのないスミレの大株が。あれ、このスミレもしかして新種かな?と思い、端の方を少しむしって持ち帰りました。(帰宅後、スミレが大好きな同期の桜井君に渡し、彼が橋本先生に見せたところ、交雑新種ということでしたが、私は未だにこのスミレの名前を聞いていません。)

テントをたたみ、辺りにシコウランやリュウキュウセッコクがたくさん着生している山道を下っていると、突然「ワンワンワンワンワーーン!!」と、大きな犬の鳴き声が山中に響き渡りました!それも、1匹じゃなく2匹3匹、ただごとではない大騒ぎです。え、なんでこんな山奥で犬の鳴き声が?もしかしてイリオモテヤマ”イヌ”!?それはないか。などと空想しながら先へ進むと、視界が開け林道終点の広場へ出ました。そこには小さなジープが1台停まっていて、隣には仕留めたばかりのイノシシを積み込もうとしている島のおじさんがいました。おじさんは誇らしげに私にこう話したのです。 「コイツ、初めて山に連れて来たまだまだ子供の犬だけど、勇敢にもこいつが真っ先にイノシシの首に飛びついたのさ!将来すごいヤツになる、すごいだろう。」と、何匹か連れてきた中の一番ちび犬を、私に自慢げに見せてきました。たしかに自分の体よりもずっと大きなイノシシに立ち向かうとは、根性のあるワンコです。今は禁猟期で罠が使えないため、犬がイノシシを捕るのだそうです。このおじさん、イノシシがとれたことに気分を良くしたのでしょう、どこまで行くのときいて、歩いたら2時間もかかる大原の港まで私を乗せてってくれると言うのです。そして、運転席にはごきげんなおじさん、助手席には私、後部座席には3匹の勇敢な犬たち、足元にはリュウキュウイノシシを乗せた車は、大富の集落を通り、大原の町まで走っていきました。

それから何年か経った頃、西表島にはイリオモテヤマネコとは別に「ヤマピカリャー」というヒョウのような大型のヤマネコがいると聞きました。あの時、山中で見つけた大きな動物の下アゴは、もしかして伝説のヤマネコ、ヤマピカリャーのものだったかもしれません。拾ってくれば良かったなあ…。


イラスト:M.Tajima

コラム筆者:山本裕之

「野生のランに魅せられて」へ戻る

「自然人のコラム」へ戻る

ホームへ戻る