コノヤロウキョンめ!

 千葉県房総半島、鴨川市の山奥に、四方木(ヨモギ)という集落があります。その頃は千葉の方から行くには対向車とすれ違うことが出来ない細い山道を延々と進まなければたどり着けませんでした。そこは海側から見るとちょうど清澄山の裏側に位置しますが、私はこのあたりの自然が大好きで、学生の頃からたびたび訪れていました。

 2013年のことです。私はこの集落のかたわらにある広場に車を停め、かれこれ40年くらい前にたくさんのムヨウランが群生していた尾根へと向かいました。

 5月のある日、昔の記憶をたどりながら山中をさまよい、1時間程で、5~10本の株立ちで生えるムヨウランが20個ぐらいあるのを見つけることが出来ました。しかし、残念ながらまだつぼみが固く、開花まではあと2週間ぐらいかかるだろうという状態でした。

 そして15日後、たくさんのムヨウランが咲く姿を想像し、期待に胸を膨らませ、山中を早足で歩いて自生地へ向かいました。ところがつい先日にはあっちもこっちも株立ちでたくさんあったはずのムヨウランが全くみあたりません。いくら探しても、どこを探しても一生懸命に探しても、1本も見つけられないのです。「なんで・・・?まさか誰かが掘るわけはないだろう?栽培できないムヨウランを。それも全部。」その後、必死になって探し回ること1時間。やっとのことで10本立ぐらいのかたまりを1つだけ見つけることが出来ました。現場の状況から推測すると、犯人はおそらくこのあたりにたくさんいて山の中で奇声をあげる動物、キョンだと思われます。そのわけは、たった1つだけ残っていたムヨウランがヒイラギの茂みの中にあったからです。チクチク刺さるトゲを嫌ったキョンが近づけなかった結果、食われずにすんだのでしょう。

 そういえばここに来る途中、道端で草刈りをしていたお年寄りの「鹿とイノシシが山中を荒らして下草はないよ」と話していた言葉が痛いほど理解できました。コノヤロウキョンめ!

 ※「キョン」とは、外来種の小さなシカのことです。千葉県の観光施設から逃げ出したことで千葉を中心として広範囲に繁殖しました。植物や木の実を好んで、野山の植物や農作物を食い荒らすため、その食害も甚大なものとなっています。現在、千葉の山には約5万頭が生息していると言われています。


コラム筆者:山本裕之

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