関ちゃん日記 文:関明彦

南西諸島旅行記

  • 期間 1985年3月2日~3月19日
  • 人員 3名 山本氏  桜井氏  関
  • 訪問先 奄美大島(2泊)徳之島(2泊)沖縄島(1泊)西表島(7泊)石垣島(2泊)

3月2日(土)雨

PM3:00 東京晴海出航
波之上丸で一路 奄美大島(名瀬)へ 運賃15600円

3月3日(日)晴れ

海上ややしけ気味 1日船の中極めて暇である

3月4日(月)晴れ 

AM8:30 名瀬港到着
レンタカー カローラⅡ(1300cc) 48時間 19500円
住用村新村でシコウラン キバナセッコク発見
南国奄美とは言え3月上旬は肌寒く、ハブの活動時期ではない事を祈っていたが、もう既にハブは活動していると山の住人からの話があった。昨日ハブを見たとのこと、非常に恐ろしく思う。 山本氏から、ハブの話は嫌と言うほど聞かされている身としては明日の湯湾岳山行が思いやられる。
レンタカー カローラⅡ(1300cc)の中で寝る。

3月5日(火)晴れ

AM6:00 起床
AM8:00 出発
AM8:30頃ハブに怯えながら、湯湾岳中腹に到着
AM12:00まで山行 カンアオイ ツルラン アマミテンナンショウ発見
午後は、ハブの陰に怯え、臆病風に吹かれてしまい自分だけ下山。山本 桜井両氏は再度探索に。

ハブ駄目

PM8:00夕食
PM10:00 名瀬港のコンテナの中で寝る 非常に魚臭く大変である。

3月6日(水)晴れ

AM4:45 起床
AM5:00 あけぼの丸で 徳之島 亀徳へ 運賃1950円
AM9:45 亀徳着
AM11:30 犬田布岳へ
犬田布岳の登山口に約120cmくらいの棒が何本も纏めて置いてある。登山用の杖かと思ったが、山本氏の話では、ハブよけの用心棒との事。奄美でハブの活動期に入っていることからさらに南の徳之島では、腰の引けた山行となる。幸いにもハブとは遭遇せず。 トクノシマエビネ カシノキラン タマザキエビネ(Calanthe densiflora Lindl.)らしき蘭 ツルランを発見。
ツルランは非常に多数生えているが,トクノシマエビネは開花株を除いて発見できず。
PM4:30 オキナワチドリ キヌラン撮影
PM8:30 亀津にて宿泊 廃車した保冷車の荷台の中で寝る。 非常に快適。

3月7日(木)晴れ

井之川岳に登る。アマミテンナンショウ、トクノシマエビネ トクノシマカンアオイ?など確認。非常に天気が良かったので、山頂からの展望は非常に良かった。山頂には祭祀用の奉げものと思われる豚?の頭蓋骨が散乱。

散乱する捧げもの

その後、中央植物園にてナゴラン2000円で購入 少し高かった!
下山後、前日宿泊した保冷車の辺りに屯していると、向うから警察官が我々の方に近づいてくる。どうも不審者と思われ、職務質問の様子。小生、何気なくその場を離れ、山本氏が職務質問を受ける。昨日と同じ保冷車の荷台の中で寝る。

3月8日(金)晴れ

AM7:10 起床
AM9:00 亀津から軽貨物で亀徳へ

AM10:40 エメラルドあまみで沖縄へ
PM7:40 沖縄着  港のコンテナの中で寝る ### 3月9日(土)曇り時々雨 石垣島行の船は那覇港からなので、長距離の徒歩移動で疲れた。
国際通りを歩く、この時ステーキを食べるが、1300円と安かったが肉が硬く美味くない。
PM3:00 沖縄蕎麦を食べる、なかなか美味かった。
この時、西表島への食糧を購入。
PM8:00 プリンセス沖縄 石垣島へ ### 3月10日(日)晴れ 海上ややしけ気味の為、少し揺れている。しかし船の中(安全地帯)で寝たせいか、非常に良く寝れた。昼にカレーライス400円
PM3:00 石垣島着
PM3:30 マリンスターで西表島へ 運賃2200円
白浜で幕営 ホタルと星が非常に綺麗。
### 3月11日(月)晴れのち雨 白浜から仲間川上流へ
AM7:30 白浜を出発して、AM10:00までは天気も良くカクチョウランなど撮影出来たが、午後は雨が降ってきてシュラフ 下着までが濡れてしまい非常に冷たい思いで寝るはめとなる。また、白浜からの道ははっきりせず遭難するのではないかと不安になる。実際、獣道か何年も前に山刀で道を切り開いた切り株などを手がかりに、山本氏が手探りで先頭を歩く。小生は安全靴をはいており、ズボンの裾を靴下の中に入れて長靴の紐をきつく締めていた為、ヤマビルの被害は無かったが、山本、桜井両氏は地下足袋スタイル。腰の辺りが赤く染まっていた。 仲間川まで直線で3kmの地点で幕営。就寝中、顔に何か湿ったものが張り付く。雨天 道なき道の縦走で非常に疲労しており真っ暗な状態なので手で払いのけるが、再度顔にへばり付く。明かりを点けてみるとヤマビル。テント内は騒然となる。各自シュラフから抜け出しヤマビルを捕獲。ヤマビルは非常に強健な皮膚を持ち、ビクトリノックスでも切断できず、バーナーで焼いて始末して就寝。 ### 3月12日(火)曇り時々雨 AM8:00 起床
AM9:00 出発
PM1:00 仲間川船着場に到着。地図上では船着場とあるが、名前だけで廃墟同様、船が着いた形跡も無い。仕方なくまた尾根を3本くらい横断し、アナジャコが盛り上げた砂の塊が林立するマングローブ林の中を歩いて縦走路の展望台まで歩く。ここで幕営。
非常に疲れたが、展望台には屋根があり安心して寝れた。全身ずぶ濡れ状態なので、下着1枚でシュラフにもぐりこみ就寝。上着 ズボンは少しでも乾くようにテントの外に干しておく。 ### 3月13日(水)雨 昨日、干しておいた生乾きのズボンを履く、履いた直後太ももに痛みを感じる。ズボンの中に、ヤマビルが潜んでいた、あわててズボンを脱ぎヤマビルを始末し着替え完了。
AM8:15 古見 軍艦岩の分岐に向けて出発。
途中イワタバコ カシノキラン シダ類(ヤブレガサウラボシ)など撮影 山行の途中でセマルハコガメを発見。非常に縞模様が綺麗である。 雨が非常に強くなってきたが、いくつかの沢を渡った所、もう少しで分岐点と言う所で大きな沢に出会い前進を断念。引き返したが最後に渡った沢の水量が多くなっており渡れず、水量が減るまで停滞。山本氏から古見岳山頂でテントに戻れず野宿をした悲惨な話を何回も聞いていたのでなんとしてもテントに戻りたい一心で渡河を試みた。何度か渡河を試みるが、失敗。数度の挑戦の後、山本氏が流される。救助すべきなのだが、流される様子がスローモーションのように見えた。恥ずかしながら、手も足も出ない状態でただ呆然と見守るのが精一杯。
流される山本氏
山本氏、自力で下流5m位の岸にしがみつき九死に一生を得た。その後、幸いにも水量が減り何とか渡河でき、野宿は免れた。何とか対岸に渡ることが出来一安心。人心地ついた時、両足の震えが止まらなくなった。
PM3:30 展望台のテントに到着。

3月14日(木)雨

今日は、山行せず荷物の発送、白浜に置いておいた荷物を取りに行っただけの休日となる。
カンピラ荘に宿をとる。東京を出発してから、初めて風呂に入る。風呂の有り難味を、噛み締める。

3月15日(金)雨

今日も雨である。
AM7:30 朝食
AM9:00 カンピラ荘を出て浦内川周遊に出かける。また、雨具を着ての山行で気分は優れず。しかし、連日の雨でマリュードの滝、カンピラの滝は水量が多く迫力がある。
カンピラの滝周辺で、イリオモテイワカガミ発見
PM3:00 浦内川ボート乗り場へ

桜井氏のみ帰京

3月16日(土)雨

AM10:00 カンピラ荘を出発
PM2:53 古見岳の麓でバスを下車 古見岳山頂まで、高度にして約50m下の地点での幕営。近くに水場がある訳も無く、山本氏が近くの水溜りで落ち葉を除けながら米を砥ぎ夕食となる。
今回旅行の目玉の一つである、モノドラカンアオイの生息地までもう少し。モノドラカンアオイは小生が大学時代在籍していた東京農大 育種学研究室でも1鉢のみコレクションされていた貴重な植物である。山本氏の話では、山頂付近直径50mしか分布が見られないとの事。夢にまで見たモノドラカンアオイまであと1歩。しかし、連日の雨具着ての山行で精神的に非常に参っていた。明日、雨が降っていたら山頂を目指さず下山、降っていなかったら登頂。

3月17日(日)雨

AM5:00頃から雨が降り出す。連日の雨具着用の山行で滅入ってしまい、残念ながら古見岳への登山は諦め、AM10:00に下の道路に出てバスに乗る。還暦に手が届く今でもあの時の情景が目に浮かぶ。近くて遠い高度差50m、あと少しだったのに残念です。
PM3:00西表島 船浦港から石垣島へ
ゲストハウスフジに宿泊

3月18日(月)晴れ

今日は非常に良い天気である。
AM10:00 レンタカーを借りて島内一周。良い写真が撮れそうである。
ヤンバルキヌラン ムカゴサイシン etc

3月19日(火)曇り

AM7:30 朝食
AM9:00 ゲストハウスフジ出発
AM9:20 石垣空港到着
PM6:30 東京都日野市の自宅到着 出発から一度も髭を剃らず久しぶりに剃刀を当てる。

山本氏は石垣島に残留


イラスト:M.Tajima

コラム筆者:関明彦

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